星団のすぐ北の、かに座γ(ガンマ)星-北のろばと、南のδ(デルタ)星-南のろばが、
飼い葉を食べている姿に見たてて、「プレセペ(飼い葉桶)」、
または、その見た目から「ビーハイブ(蜂の巣)」という愛称で知られている星団で、
私たちの銀河系内の星団中、もっとも広大な広がりを持つ明るい星団の一つです。
かに座の四辺形(γ星、δ星、η星、θ星)の中に位置しますが、いずれも、3.9等から5.4等級という暗い星ばかりなので、
ふたご座と、しし座の間あたりを見れば、ぼうっと広がった光の固まりを見つけることができると思います。
もっとも、この星団は春の星団なので、春霞の中、肉眼では少し見つけづらいかも知れませんが、
透明度の良い暗い空でなら、淡く広がった星団の存在を確認することができます。
低倍率の望遠鏡(双眼鏡など)では、真っ黒なビロードの上に美しく散りばめられた星団全体を見ることができます。
この星団のもっとも明るい部分は直径約13光年ほど、より遠い星々を入れると約40光年ほどの天域を占める星団です。
もっとも明るい星々は、太陽のおよそ70倍の明るさをもっていて、星団中10等級よりも明るい星が80個以上含まれています。
例えば、もしも太陽がプレセペの距離にあったら、地球からは10.9等星の明るさにしか見えません。
このことを考えれば、どれほど明るい星々の集団であるかイメージしやすいと思います。
M44の固有運動は、0".0371年(位置角249゜方向)で、空間速度は約40km/秒ですが、
この運動は、おうし座ヒアデス星団とほぼ等しく平行であることから、この2つの星団は、
互いに約450光年以上の距離はあるものの、共通の起源をもつものと考えられています。
また、プレセペは、古代から知られていた数少ない星団の一つで、各国にはさまざまな伝説が残されています。
中でも、プレセペを天気と関連づけたものが多く残されていて、すっきりと晴れた夜でないと見えないことから、
この星々が見えないということは、嵐の前兆と考えられていました。
他にも、この星団は、古代から恒星ではなく、何か雲のような天体として知られていましたので、
バイアーはこれにヌピルム(雲)と記し、 ギリシアの天文学者ヒパルコスはネフェリオン(小さい雲)、アトラスは小さい霧、と呼んでいました。
また、中国では、このプレセペ星団を「積尸気(死体を積み重ねたところから出る気)」という、気味の悪い名前で呼ばれ、
ギリシアの哲学者プラトンたちの間では、人間の霊魂が天上からおりてきたり、または天上界へ去って行く出入り口だと信じられていました。
こうして、古代より不思議な雲のようなものとして、長い月日が流れ、
1609年にガリレオが初めて望遠鏡を向けるまで、この星団が美しい星々の集まりであることは謎のままでした。
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